クマによる「災害」を防ぐための理念

最近、北海道のヒグマをはじめ本州の東北や中部の各地で熊による被害が多発しています。

 吉村昭の小説「羆嵐(くまあらし)」は大正時代に北海道苫前町の三毛別で起きたヒグマによる被害を描いたノンフィクションですが、現代においても当時と同様の深刻な被害が起きていることに社会は震撼しています。

クマによる被害は、トウモロコシ、デントコーン、スイートコーン、果樹などの農作物への被害だけではなく、北海道では、放牧された牛や羊が襲われる事例も報告されています。  

特に最近では、住宅地や市街地での被害が増えていることが特徴であるとされていることから農作業中や釣り、キノコ採りなどレジャー中に遭遇して人的な被害も発生しています。

クマは、基本的に野生動物の本能として人間との遭遇を避けているはずなのですが、一度、人里の農作物や、残飯などの味を覚えると繰り返し、農地に出没し、ゴミステーションを荒らし、畜舎や倉庫への侵入するようになります。

こうしたクマ被害が増加している背景には、野生動物の保護政策で個体数が増加していること、天敵がいないため高密度化していることや、気候変動によるドングリなどの餌資源が不作となっていることが挙げられます。さらに人里と山野の境界が緩くなっていることや、農家の高齢化や担い手不足によって耕作放棄地が増えていることなども原因とされています。

 このようなクマの出没や被害の拡大によって通学や外出が制限され、農作業が危険となり、高齢農家の離農を加速されることにつながっています。結果として農業や観光など地域経済への影響も大きくなっています。

警戒や駆除などを担う市町村行政の負担も増加しています。また、駆除に対する賛否の対立といった社会的葛藤によって対応が難しくなっていることも報告されています。クマの生息密度の高い知床などでは、観光客がエサを与え、無防備で写真を撮っていることなどもクマが人間に対する警戒感を弱め、被害の拡大につながることが懸念されます。

 こうしたクマの被害を防ぐためには、残飯を野外放置しないことや生ごみを密閉し、ゴミステーションを強化すること、出没が懸念される場所には電気柵を設置すること、住宅や農地周辺の藪を除去することなどの対策が必要です。出没したクマを駆除するだけではなく、私たち一人ひとりのクマに対する正しい知識を持つとともに、災害として総合的な対策を講じることが求められます。

カナダやアメリカ西部、アラスカでは、「人間が行動を変え、クマを誘引しないことで共存を実現する」という明確な理念が確立しています。

この考え方は、クマは本来人間を避ける動物であること、人間の活動(ゴミ・農作物・アウトドア)が誘引要因を作っていることから、“Problem Bear(問題個体)”の多くは「Human-created bear(人が作ったクマ)」であるということです。クマ問題の原因は人間側にあり、人間が適切に対処する責任があるという考えです。

そのため北米では「Bear-smart community(熊に強い地域)」や「Bear-aware program(熊への理解促進)」が行政・地域・観光事業者を巻き込みながら展開されています。

私たちもこのような理念を確立して正しく理解することが重要です。

 「羆嵐」の中では、駆除のために村人だけでは対応することができず、最新式の銃を持つ警察に出動を依頼しますが、慣れない警察官では射撃によって駆除することができず、老練なマタギ(猟師)によって巨大なクマが駆除されることが記されています。クマは走る速度が速く、急所を狙わなければ一撃で倒すことができず、反撃される危険もあります。現在ハンターが高齢化し、数も減っていることから警察や自衛隊の出動が求められていますが、駆除を前提とした対応では根本的な対策にはならないように思います。

 本来であればクマは、餌がないことから冬眠の季節に入ります。しかし、人里に餌があることを覚え、気候の変化によって冬眠しない個体も増えることが予想されます。

「いつでも・どこにも・クマがいる」ことを念頭に、十分に気を付け、私たちにできる対策を講じていきましょう。

お問い合わせ

ESG経営や出前授業に関するお問い合わせは、お問い合わせフォームより承っております。
ご不明な点がございましたら、お気軽にご連絡ください。